コロナ禍と議員10年目を迎えて

 5月1日で議員10年目に入りました。まず新型コロナで影響を受けた皆様に心よりお見舞いを申し上げます。様々な対応に追われて、ブログの更新もままならずご無沙汰をしている方も多く申し訳なく思いますし、これまでの活動を支えていただいたこと、そして関係する皆様にあらためて感謝を申し上げたいと思います。
自分なりに今思うことをまとめました。

1.災害と類似するコロナ禍

 私達のまちは今被災地と言えます。私が議員になった年に3.11が起きました。初議会から震災復興の補正予算の審議に参加するなど目まぐるしく状況が変わっていき変化に対応していかなくてはいけないことは、今のコロナ禍の状況とよく似ています。そして風評被害やデマもそうです。災害自体と共に備えなくてはいけないのが、差別や偏見です。

 医療・介護分野の危機、地元商店の苦境、学校におけるICTの未整備、生活困窮、地域のつながりの希薄さをはじめコロナ禍によって始めて起きたことではありません。3.11の時に気付いたのに私達がそのままにしてきた課題が浮き彫りになったとも言えます。慚愧に堪えませんし、平時でできない事を非常時に急にできるようにはなりません。今目の前の事に対応しながら、今ある様々な資源を使ってこの苦境を乗り切っていくしかありません。

 もう多くの皆さんが共有してきましたが、ワクチンや特効薬ができない限り、感染者数・重症者数と医療機関のキャパシティを見ながら、学校や商店を断続的に閉めたり開けたりしていく状況が続いていくでしょう。

 3.11震災後に、地域の絆や地元の産品を大切にしよう、エネルギーの使い方を変えようとなりました。コロナ禍が断続的にでも1年以上続けば、コロナの前と後とでは、1人1人の生活も社会も経済も政治も変わらざるを得ないと思います。

2.今いちど地域に立脚した日本を

 明治以来、日本は中央集権国家として強化、敗戦から復興、発展を遂げてきました。欧米に追い付け追い越せ、海外をモデルにしてキャッチアップ型で来ました。21世紀に入りそのモデルは無くなりました。日本が人口減少社会、超高齢社会という課題先進国であり、他国がその動向を見つめる存在になっています。

 かつて中央で盛んであった新しい政策もむしろ自治体現場や民間の知恵から生み出されてきています。私も6年の短い間ですが霞が関、神奈川県の現場で仕事をしていたのでよく分かります。国がだめだ、県がだめだといっても始まりません。全国それぞれのまちにこそ、時代を切り拓くイノベーションの種があります。

 船橋は首都近郊の都市として東京の発展の恩恵を受けてきました。歴史的にも天領として厚遇を受け、戊辰戦争や第二次世界大戦でも幸いにも大きな被害を受けてこなかったまちです。ですので、中央の動きや周りの都市を見て物事を決めて行こうという姿勢、よく言えば慎重、悪く言えば進取の気風に欠けるところがあります。

 コロナ禍においても各自治体やまち毎の工夫や取り組みが注目されています。当然です。政府の対応が遅れているのではなく生活のにおい、市民の顔が見える現場からしか本当に必要なものはすぐには出てこないからです。感染状況が異なり、未知なる環境なわけですから、隣のまちと一緒で良いのではなく、新たな挑戦をして新しいものを創り出すことこそ、私達の船橋のためにもなり、他のまちのモデルにもなります。

3.船橋の未来

 民間時代に私が師事した社長に、「課題があることは改善、伸びしろのチャンス」だと言われました。まちも同じです。今回のコロナ禍で①役所本体のリモートワーク、②若手やベンチャー支援、③広報・集合知の活用、という点での課題が顕在化していると思います。

①教育改革はまずリモートワークから

 市役所の中でも特にICTが置き去りにされてきたのが、学校教育の分野です。大人が教育委員会がICTやリモートワークに対応できないのに子供達をオンラインで教えることはできません。まず「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」と言います。私もICTは得意ではありませんが必要に迫られ、友人達の叱咤激励もあり、自分自身をイノベーションしているところです。まず自らを変革しなくては人やまちに変革を求められないと思います。

次の世代こそまちを照らす光です

②若手の登用と産学連携

 そして地元船橋の活性化です。東京に近い通勤のし易さが船橋のメリットでしたが現在船橋市民はリスクを背負いながら都内に通勤されています。より船橋発の産業や起業を応援し、地元に事業と雇用を創っていく、地方では当たり前にやっている事です。企業も社会福祉法人もNPO法人も個人事業なども雇用や事業の主体です。地域の中でお金が回る社会的投資を高めていきたいと思います。

 船橋には理系の大学と学生さんがいっぱいあります。この皆さんとのコラボレーションこそ鍵になります。私自身毎年、大学生の皆さんをインターン生として受け入れ、総勢30人になったでしょうか。大手企業、中央官僚、ふるさとの地場産業、市役所など様々な道で活躍しています。

 最初は私が彼らに教えるつもりでしたが、今はむしろ彼らから教わることが多いと感じています。変化の速い時代です。若い人たち、柔軟な発想ができる人たちを巻き込んでいくことこそ必要です。

③船橋市民の集合知で道は無限

 最後に集合知です。知識や知恵を政治や行政や学校が独占する時代は終わりました。民間や在野の知見を活かしていく必要があることを、コロナ対策でも実感しています。私たち政治は集合知をつくっていく触媒となり、場をつくっていくことが増々求められてきます。

 単に話を聞くのではなくて、そこからまちづくりに繋げていけるかが大切ですし、その成果が楽しさとなり市民参加へとつながります。そのためにもよりICTというツールの活用が求められます。

 今日、とあるご縁で「昔学校でいじめられていた時に助けてくれたのがつまがり」という話を聞きました。30年以上も前の事を覚えていてもらっているというのは大きな衝撃でもありますし、今の職責で日々行っていることが未来にどう評価されるのかということも大変身か引き締まる思いがしました。

 人への温もりや感謝や利他という芯をぶらさずに、しかし日々変化していくことを恐れない。そして多くの皆さんと関わりながら泥臭く努力を重ねていきたいと思います。

困難な時だからこそ明るさと対話を絶やさないようにしたい
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この記事を書いた人

つまがり俊明

1977年6月生れ / 船橋市出身 三咲小→御滝中→鎌ヶ谷高校→明大→ベンチャー企業→総務省→神奈川県庁→松下政経塾→船橋市議会議員

~多様性を力に変えていく社会へ~ モットーは「着眼大局着手小局」