太宰治ゆかりの老舗「玉川旅館」閉店と保存

昨日、100年続いた老舗割烹旅館「玉川旅館」が営業を停止。6月に建物の解体工事に入るという報道がありました。

長く多くの市民の皆様からも愛されている割烹旅館でしたので、昨日来残念だという多くの声をいただいています。報道や市からの資料や私の聞き取りの中で、今回の状況と私が感じていることをお伝えします。
動画でも見られます

1.玉川旅館概要

船橋市役所のそば、海に近いところにあります。老舗割烹旅館であり太宰治も逗留して執筆活動をしたと言われ、船橋が著書の舞台にもなったとも伝えられています。玉川旅館は、大正10年料亭の営業を始めた。「玉川」という屋号は、料亭を始めた小川家当主の父、小川紋蔵(もんぞう)が船橋大神宮奉納相撲で名乗っていた四股名(しこな)から付けたものです。

外観を楼閣風にまとめた料亭座敷があり、各部屋には次の間が付いていて、かつては陸海軍の高級将校などが好んで使用したといわれている。海岸の埋め立てが行われる以前、夏の涼を求めて開かれた大宴会は、目の前に海を控え、とても盛大なものであったとのことです。

2.解体と保存

建物は国の登録有形文化財(建造物)であり、東葉高校前正門と共に市内に2か所しかない貴重なものです。玉川旅館では宴会需要の落ち込み、昨年の台風被害もあり、今年で創業100周年を花道としてこの4月で営業を取りやめ、6月には解体工事に着手とのことです。

同旅館は昭和の風情を色濃く残す船橋では数少ない木造の建造物であり、本市のランドマークとして市内外の多くの方に親しまれてきました。民間のものではありますが、市では1,000万円弱をかけて解体前に記録保存を行うよう動いています。

具体的には建物の動画撮影、写真撮影等の記録保存、館内の調度品・記録類等の寄贈受入、調査報告書の作成などです。

太宰治も逗留

3.つまがり所感

私も大学校友会、農業委員会などの忘年会、個人的なアットホームな集まりなどで毎年利用させていただいてきましたので大変残念です。女将が時々出していただく特注の日本酒はまた格別でした。小さいながら温泉もあり、一度親を連れて泊まりたかった風情のある旅館で、大変心残りです。

ですがこれはまず私有地であり民間施設です。また文化財保護法の欠点とも言われてきていますが、財政的な支援が非常に弱いです。先日の記者会見では言及されていなかったので推測でしかありませんが、おそらく跡地利用についても一定の目途があるのでしょう。

船橋にもこれまで遺跡をはじめ貴重な文化財がありましたが首都圏に近く土地の価値も高いところでは開発圧力が強く、残すことが難しかった歴史があります。しかし文化財は現状を保存するだけが保存方法ではありません。今回のような記録保存というのもまた後世に残し伝えていく方法です。

こういったコロナ対策に追われる中で、急遽約1,000万円規模の予算を用意して記録保存を行うということは、市の文化財保護の積極的な姿勢の現れだと思います。今、一部で移築のような形で地価の安いところに移せないかという話もあり、そういった運動が間に合えば応援をさせていただきたいと思います。皆様のご意見をお待ちしています。

館内にある温泉も魅力的でした
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この記事を書いた人

つまがり俊明

1977年6月生れ / 船橋市出身 三咲小→御滝中→鎌ヶ谷高校→明大→ベンチャー企業→総務省→神奈川県庁→松下政経塾→船橋市議会議員

~多様性を力に変えていく社会へ~ モットーは「着眼大局着手小局」